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#27 セイバーメトリクス講座② 野手編

今回は前回に続いてセイバーメトリクス講座の2回目ということで、野手の能力を評価するために使われる指標の中でも特に重要なものをピックアップして紹介します。野手は攻撃と守備の2つの仕事に分かれるので、それぞれにおいてよく使われる指標を分けて説明していきます。

 

まずは攻撃において打者の能力を評価することのできる指標です。前回冒頭でも少し名前を出しましたが、「OPS」は最もよく使われる指標の代表格です。これは何かというと、「出塁率」と「長打率」を合計した値です。

OPS出塁率長打率

これによってその選手がヒットやフォアボールを含めてどの程度出塁する能力があり、かつどの程度パワーを兼ね備えたバッターであるかどうか(言い方を変えればランナーを返す能力があるか)を見極めることが可能になります。イメージしてもらいたいのですが、出塁によってチャンスメイクもできて、塁上のランナーも返せる能力のある打者はチームに対して貢献度がとても高いと思います。今年で言えばソフトバンクの柳田選手や、ヤクルトの村上選手が各リーグのOPSトップを記録しています。両選手とも今年のそれぞれのチームの1番の中心選手であると言えますよね。ちなみに、ここでのランナーを返す能力に打点は考慮されていません。打点はホームラン以外は前の打者たちが出塁できるかにかかっているので、その打者自体の能力を評価する指標にはならないからです。長打を打てる能力があれば、もしその時にランナーがいれば高確率でホームに帰ってこれるという仮定でセイバーメトリクスは考えています。

これまでに蓄積されたNPBのデータ(1984〜2013年)によると、OPSとチームの得点の相関関係は打率、出塁率長打率のどの指標とチームの得点との相関関係よりも強いとされています。分かりやすく言えば、打率の優れた選手だけを集めた打線よりも、OPSの優れた選手を集めた打線の方が得点が入りやすいということになり、相関係数をもとにした重要度で順番をつければOPS長打率>打率の順に並べられます。出塁もできて長打も打てる選手が集まっているのですから、そりゃそうだと合点がいくのではないのでしょうか。

OPSNPBが公開しているデータを使って誰でも簡単に計算ができる指標なので、ぜひ覚えておいて欲しいと思います。

 

続いては守備で使える指標です。守備といえば飛んできた打球をどれだけの割合でエラーなく処理できるかで表せる「守備率」というものが比較的馴染みのある指標ではないでしょうか。それに付属する形で「シーズン失策数」などもよく登場する印象があります。そしてこれらの結果をもとに記者投票によってその年の各ポジションで一番守備の良かった選手を表彰する「ゴールデングラブ賞」なるものが存在します。ところが、この賞は野球ファンの間ではしばしば受賞選手が本当にふさわしいのか物議を醸すこともあります。昨年であればセリーグのショートは巨人の坂本選手が受賞しましたが、中日の京田選手の方がふさわしかったという論調もたくさん目にしました。

 

ここでセイバーメトリクスの出番です。UZRという指標を使えば、守備率では見えてこないような思わぬ結果が出ることがあります。このUZRは少々複雑な指標なのですが、簡単にいえば「同じポジションを守る平均的な守備力の選手に比べて、その選手が何点分の失点を防いだのか(守備でチームに貢献できたか)」を表したものです。この指標は「失策をしない能力」に加えて、守備率では考慮されていない「守備範囲」、「併殺奪取能力(内野手の場合)」、「肩力(スローイングの良さ;外野手の場合)」を計算に含めて数値を弾き出します。

守備範囲を分析するためには、ゾーンデータという野球のグラウンドを細かく分割した表を使って、そのゾーンごとに打球の種類(フライ、ライナー、ゴロ)と打球の強さ(強い、普通、弱い、バント)の要素を掛け合わせて打球ごとに処理の難しさをレベル分けをして守備のうまさを図ります。下のゾーン表を見てください。同じE③ゾーンに飛んだ三遊間の「ゴロ」を例にしてみましょう。まず、サードの選手が打球に追いつくことなくただのレフト前ヒットになった場合は、その選手の「失策をしない能力」ポイントには影響しないが、「守備範囲」ポイントは下がることになります。逆に打球に追いついたが弾いたがためにエラーになった場合は「失策をしない」ポイントは下がるものの、「守備範囲」ポイントは上がります。これにより、UZRを計算する公式に当てはめるとうまい具合にバランスを取れるので、守備範囲の広い後者の選手が記録上で守備範囲の狭い選手よりも損をすることがなくなり、より公平に守備を評価することができます。

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ゾーンデータ割り当て表

他の「併殺奪取能力(どれだけダブルプレーの完成に貢献できたか)」や「肩力」についても細かな評価方法があるのですが、これ以上複雑な説明をしても仕方がないので省略します。とにかくこれらの能力もUZRでは評価対象に含まれるんだなくらいの認識をしておいてください。

さて、その上でこのUZRを使って選手の守備力を評価するとどうなるのか。2019年シーズンのセリーグのショートのUZRランキングはこうなります。

1. 京田 (D) UZR 17.7 ゴールドグラブ級

2. 大和 (DB) UZR 5.3  平均以上

3. 田中 (C) UZR 2.3 平均

4. 坂本 (G) UZR -3.9 平均

5. 木浪 (T) UZR -17.2 非常に悪い

こうしてみると、守備の貢献度では中日の京田選手が圧倒的な数値を叩き出しています。坂本選手はむしろマイナスということでギリギリ平均の範囲(−5〜+5)でおさまっていますが、守備の貢献度は決して高いとは言えません。なので結果だけを見れば坂本選手のゴールデングラブ受賞は、野球担当の記者たちの完全な主観でしかないということで少し疑問符がつきます。

 

長くなってしまいましたが、以上がセイバーメトリクス野手編です。攻撃面ではOPS、守備面ではUZRをネットなどで調べてみて誰が本当にチームに貢献している”いい選手”なのか、ぜひ皆さん自身で評価をしてみてください。意外な選手が見つかったりするかもしれません。

次回は投手編です。