野球の未来

野球×科学

#46 科学的に正しいものが技術指導として正しいとは限らない

今回は、科学で証明されている理論をどういうふうに現場の指導に落とし込んでいくべきなのかを考えてみます。タイトルにも書いたように、研究で分かったことをそのまま指導として選手に教えてもそれが必ずしも正解の指導法にはならないと僕は思います。

例えばバッティングにおいて、投球されたボールに対して最短距離でダウンスイングで振り下ろすことは科学的に「正しい」ことではありません。なぜならボールは傾斜のついたマウンドの上にいるピッチャーの指先(地上から3mほど)から打者のベルト付近(1mほど)に「投げ下ろされる」ため、そのボールを捉えるコンタクトゾーンを長くするためには下から上にバットを出す方が良いからです(下の図参照)。

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画質が悪くて申し訳ありませんが、一番上が正しいバットスイングの軌道とされていて、一番下のものがいわゆる最短距離で振り下ろしたスイングです。赤い矢印がマウンドから投げ下ろされるボールの軌道であるのに対し、青い矢印の軌道で振り下ろすとボールの軌道と重なる範囲が小さくなることがわかると思います。

つまり、「科学的に正しい」スイングとはアッパースイングになるわけです。

ただ、これをこのまま全ての選手に対する指導論として使えるかというとそうではないんじゃないのか、というのが今回の僕の提言です。例えば元からキャッチャー側の肩(右打者の右肩)が下がって下からバットが出る傾向にある選手に対して、さらに下から振れという指導が正しいかというとそうとは限らないと思います。

また、アッパースイングで振れという指導が「感覚的にハマらない」選手もいるかもしれません。実際には下から振るのだとしても、指導としてはレベルスイングで、あるいは上から振り下ろすイメージで振れとフィードバックをあげる方が、スイング全体をみたときに良い体の使い方でスイングができるかもしれません。アッパースイングで振ることを意識するがあまり、それ以外の部分、例えば足や腰の使い方などでよくない反応が出る選手がいるかもしれないということです。

指導者の方も、理論上正しいスイングはアッパースイングだと理解した上で選手個人個人に対して違ったアプローチの仕方をした方がいいと思います。

バットのスイング軌道を一例に挙げましたが、これはピッチングフォームでも当てはまることだと思います。大事なのは選手個々に寄り添って、その選手に適したフィードバックを行っていくことだと感じています。

 

少し話の視点が変わりますが、科学的な研究では証明できない技術も存在すると僕は考えています。

例えば変化球を投げるときの感覚的なものなどは、体や指先の動きに現れないレベルで細かいことを変えるだけで劇的に精度や変化の仕方が変わったりすることはピッチャーを経験したことのある人なら想像できるのではないでしょうか。

僕自身の感覚を例に出して言語化すると、カーブを投げるときの「手首を9時の方向にロックしたままボールを抜く感覚」というのが、科学的な動作解析で証明できるものだとは思えません。

また、仮にこの感覚が目に見えて現れるくらい分かりやすい動きだとして、スーパースローカメラを使って解析できたとしても、同じ感覚を他の人にレクチャーして覚え込ませて投げたところで全く同じ変化をするかといえばそんなことはないと思います。なぜならこの手首以外にも肘や肩の角度、胴体部の使い方などにわずかに違いが出るとボールの変化も違ってくる可能性があるからです。

このように科学的な研究には限界があることも事実ですし、技術論というのは本当に奥が深くて正解が無いなと、野球を科学的に勉強し始めたからこそ感じられます。

いかに、そしてどこまで科学を現場の指導に取り入れていくのか、という線引きというかその辺りの”いい具合のさじ加減”もこれからの時代は指導者に求められる資質の一つになっていくのではないかと思います。

科学の側の世界にいる人間としては、逆に現場の指導法にはなるべく干渉せずに今分かっている最先端の情報を淡々と提供して、それを実際に取り入れるかどうかの判断は現場の方々に任せるというのも一つのスタンスではないかなとも思ったりします。

それではまた。