野球の未来

野球×科学

#36 ドーピングって本当にダメなんですか?なぜ?

 少しトリッキーなトピックではありますが、ぜひドーピング(禁止薬物使用)について今回は書かせてください。野球というよりは野球を含めたスポーツ全体にかかるテーマになってくると思います。というのも、先週終了した秋学期ではドーピングについての授業を取っており、日本にいる時には考えたこともなかったような賛否両論分かれる問題について考える機会があったので、ぜひここでもシェアしたいなと思いました。

ちなみに、ここでいう禁止薬物とはスポーツ選手がパフォーマンス向上のために使う薬物のことで、大麻等の国による法律で禁止されているものとはまた違います。

 

ではまず、どれくらいの割合のプロスポーツ選手たちがいま現在ドーピングをしている、または過去にしたことがあると思いますか?

日本という国は薬に対して非常に厳しい法律が定められているので、日本の選手たちの間ではもしかしたらドーピングはそれほどメジャーではないかもしれませんが、世界では実に40%ものプロスポーツ選手がドーピング経験がある、つまりパフォーマンスを高める禁止薬物を摂取したことがあると匿名での調査に回答したそうです。

40%というのは衝撃的な数字ではないでしょうか?

直近で言えばロシアの国家ぐるみのドーピング問題が明らかになったり、今は引退された元テニス選手のマリア・シャラポワ選手がドーピング検査で陽性と診断され、2年間の出場停止処分を受けました。

このロシアのドーピング問題については、僕も授業の課題としてNETFLIXにある"Icarus"という映画を見たのですが本当に衝撃的なドキュメンタリーなので興味がある人にはぜひ観てほしいです。

 

さて、本題に入りますがどうしてドーピングがダメなんでしょうか?健康に害があって危険だから?スポーツパフォーマンスを薬で上げるなんて卑怯で非倫理的だから?

もちろんルールで定められている以上、ドーピングはルール違反にあたるのでそういう意味では絶対的にダメだとは思いますが、薬物の使用については様々な議論があるので僕が授業を通して学んだいくつかの視点から、ドーピング問題について考えていきます。

 

論点①:薬物は健康被害をもたらすため危険であるため、パフォーマンス向上目的で使ってはいけない

ステロイドはいわゆる筋肉増強剤として有名な薬ですが、これによる健康被害として心筋梗塞等の心臓系の病気や鬱や攻撃的な行動を引き起こす等の精神的疾患がよくメディア等で言われたりします。ただ、それがどれだけの確率で起こりますかというのが1つ目の論点です。

アメリカではアマチュアからプロに至るまで、今でも多くのアスリートがステロイドを使っていることは間違い無いですが、ステロイド使用が原因で緊急治療室に運ばれてくる人の割合はごく僅かで、順位的には141番目だそうです。1番はアルコールによる急性中毒で、2番目に多いのがコカインでいわゆる違法ドラッグです。ステロイドの使用を支持するわけでは決してありませんが、ステロイドによって引き起こされる健康被害は必ずしも頻発するわけではありません。

また、ビタミンCの摂取によってもしばしば似たような健康被害が報告されていますし、ピーナッツを食べたことでアナフィラキシーショックを引き起こして病院に運ばれる人も一定数いるようです。

つまり、例えるならば健康的に害だからステロイドを使うなというのは、同じく健康に害だからピーナッツを作ったり食べたりすることを禁止しろと言っているのと変わらないということです。これはおかしな話だと誰もが思うと思います。

僕個人の意見としては、健康被害の観点から全面的にドーピングを否定するのは偏った論調だなと思います。

 

論点②:パフォーマンス向上を薬の摂取によって行うのは卑怯だ

僕ももちろんそう思います。薬品をとって自分の体の機能を高めるのはスポーツマンシップに反すると思いますし、世界ドーピング禁止機構(WADA)のガイドラインにもドーピングはスポーツの精神に反すると明示されています。

しかしながら、じゃあどうしてプロテインパウダーは認められてステロイドはダメなのですかという意見が出てきます。どちらも筋肉合成を高める物質で、体内のシステムに働きかけてそれらを可能にします。違いと言えばプロテインパウダーは食品由来で”安全”で、ステロイドは化学物質で”健康のリスクがある”といったところでしょうか。ただ健康被害については既に論点①で述べた通りです。

もっといえば、水泳選手やマラソン選手は高地トレーニングをして血中のヘモグロビン量を高めてパフォーマンスを上げようとします。これらはもちろんドーピングには当たりませんし、ルールの範囲内でのことですが、これと同じ効果を狙って代わりにいわゆる血液ドーピングをしてヘモグロビン量を増やせばそれはたちまちドーピング違反となり何年間かの出場停止処分になってしまいます。ちなみに血液ドーピングとは血中にエリスロポエチンという物質を打ち込む方法です。どうして同じことを目的としているのに、高地トレーニングは良くて薬を取ることはいけないのか、明確に納得できる論理で説明できるでしょうか?

もし、血液ドーピングは「自然ではなく人工的」な方法だからいけないというのであれば、スポーツパフォーマンスのために目の手術をしたタイガーウッズや本田圭佑はどうなりますか?という話になってしまいます。

 

論点③:どうしてスポーツ選手だけがドーピングを禁止されているのか

当然スポーツ選手は禁止薬物を使えませんが、プロの音楽家(例えばフルート奏者)や歌手の人たちは薬物検査なんてありませんし、薬物摂取によって精神的にリラックスできていい演奏ができたとしても誰もそれを責めないでしょう。また、これは衝撃的でしたがアメリカでは高校生や大学生が勉強への集中力を上げてテストでいい点を取るために薬物を摂取することもよくあるそうですが、別にこれもルール違反とは言えません。日本に置き換えると、もしあなたがドーピングをせずに大学受験を落ちて、隣の友達は薬物を取って同じ大学に受かっても、その友達にはなんのペナルティも適用されません。

ですがスポーツ選手だけは、ルールで薬物使用が禁止されていて、使用が発覚すれば相応の罰を受けなければなりません。

スポーツ選手は国民的模範でなければならないという世の中の空気感なども影響をしているとは思います。

 

ここまで様々な視点からドーピングを見てきましたが、科学があまりに進歩したこの現代スポーツにおいて、ドーピングの線引きが非常に複雑で難しくなっていることをまずは知っておいてもらいたいと思います。必ずしもスポーツドーピングを頭ごなしに否定することが絶対的な正義ではないということを今回の記事を通して理解していただければ幸いです。