野球の未来

野球×科学

#33[論文]ピッチングで「肩の開きを我慢する」のは正しいのか?

前回の更新から1ヶ月ほど更新が途絶えてしまいましたが、ネタ切れだったわけではなく、学期末で学校の課題に追われて記事が書けなかったという言い訳をまずさせてください。笑

書きたいことはまだまだあるので、頑張って更新していきたいと思います。

 

さて前回は球種ごとに腕にかかる負担の違いについての論文をレビューしましたが、今回はピッチングモーションの中で体幹部(胴体部)の動きによっていかに肩肘の負担を減らすかについて書かれている研究を紹介します。

よく「肩の開きが早い」や「上(上半身)が開くのを我慢しろ」などといった指導が投手に対してされると思いますが、その上半身(胴体部)を開くタイミングについて今日は考えていきます。

まず論文の中で前提となっているのは、前側の足(右投手の左足)を上げるところから始まるセットポジションからの投球動作で、下半身で産んだ力をいかに効率よくボールリリースの時に指先からボールに伝えられるか、という全身の連動がとても大事だということです。この下半身から上半身への連動を効率よく行う投球フォームを身に付けることで、肩肘にかかる負担を減らすことができます。つまり、いわゆる「手投げ」の状態では過度な力が投球する腕にかかってしまうということです。

論文中に記載のある実験の内容としては、高校生とプロの投手の投球データを測定し、肘にかかる力、球速、各身体部位が発揮した力などを測り、フォームのどこに違いが生まれたのかを観察しています。

ご想像の通り、プロの方が高校生投手よりも球速が速く、それに比例する形で肘にかかる力も大きいことがまずデータからは見て取れます。これは、肘が動く(回転する)速度を早めることで球速が上がることから自然な結果と言えますし、どうしてこの違いが生まれるのかというと恐らく体重差や筋力差ということになるでしょう。その証拠に、体重差と身長差がプロと高校生で仮に同じだったとした場合に算出された肘にかかる力に差はありませんでした。

さて、ここからが本題で、すでに述べた高校生とプロの投手のフォームでもう一つ違いが見られた箇所があります。それが胴体部が開きだすタイミングです。高校生の投手では割と早めの段階から体が開きだしたのに対し(投球モーションの開始から終了まで全体を100%とした場合の2%の時点から開いた)、プロはかなり遅れたタイミングで体が開きだしたそうです(投球モーション全体の33%)。

この「体を開くタイミング」というのは、実は研究の世界では既に共通認識となっていて、なるべく遅れた方が肩肘にかかる負担を減らせ、かつ球速も上がるとされています。具体的にはセットポジションから足を上げて、その前足が地面に着地するタイミングの前に腰の回転速度が最高速度に達した場合は開きが早く、前足着地よりも後のタイミングで腰の回転が最高速度に達した場合は、ギリギリまで体が開くのを我慢し、最後の最後で鋭く腰を回転させることができている良いフォームだとされます。

 

結論から言えば、「肩を開くのを我慢しろ」という指導法は科学的にもとても理にかなっている正しい指導法だと言えます。もし投球指導をするような場面があった場合にはぜひ自信をもって肩の開きを抑えるよう指導をしてあげてほしいと思います。

ただ少し補足をすると、この体が早く開く現象というのは技術の不足だけでなく筋力の弱さによるところも十分にあるので、筋力の足りないジュニアの選手にこの指導をしたからといってすぐに直せるものではない場合もあります。そこは個人個人で何が原因で開きの早いフォームになっているのかは指導者の方々がちゃんと見極めてあげる必要があると言えるでしょう。

 

<参考文献>

Aguinaldo, A., & Escamilla, R. (2019). Segmental power analysis of sequential body motion and elbow valgus loading during baseball pitching: comparison between professional and high school baseball players. Orthopaedic journal of sports medicine7(2).