野球の未来

野球×科学

#32 [論文]怪我をしにくい球種1位はチェンジアップ

今回は球種ごとに肩肘にかかる力を比較した論文を基に、どの球種が一番肘の負担が大きくて故障しやすいのかを考えていきます。結論から言えば一番肩肘の負担が軽く怪我をしにくいと考えられるのは、タイトルにもあるようにチェンジアップという結果が報告されています。

ではまず、肩肘にかかる力というものの解説から入りたいと思います。そもそも野球の投球動作中の利き腕(右投げの投手であれば右腕)の動きは、スポーツで必要となる全ての動きの中でもトップクラスに速い動きが求められる動作の一つです。そこからパワーが生み出されて、プロであれば150km越のストレートが投げられるのですが、この時の肩肘というのは速く動くことに加えて、いわゆる”ひねり”の動作が求められます。混乱を招くだけだと思うので各ひねりについての説明はあえてしませんが、テークバックの状態からボールをリリースするまでの間には様々な種類のひねりが肩と肘には起きています。このひねりの組み合わせが超短時間で起きることによって肩肘にはとてつもない力が加わり、そしてこれを何度も何度も投球動作として繰り返すことでいわゆる野球肘や靭帯断裂といった怪我が起こるのです。

 

そこで、研究の世界ではこのひねりの力をいかに最小限に抑えるかが怪我の予防につながるであろうという仮定のもとに、様々なアプローチが検討をされています。例えば、下半身のパワーをしっかりと上半身に伝達できるフォームであれば、肩肘がそこまで高速でひねりを加えることなく速い球が投げられるのではないか、と言った感じです。

 

今回取り上げている研究では、球種の違いごとにこの肩肘に加わるひねりの力がどう変わるのかを報告しています。その結果、チェンジアップを投げる場合においては、ストレート、スライダー、カーブを投げる場合よりも肩肘にかかるひねりの力が比較的弱いことが分かりました。

この要因として指摘されているのは投球メカニズムの変化です。ストレート、スライダー、カーブを投げる場合では、ボールリリースの瞬間において上半身の①投球方向(捕手側)への傾きと②利き腕とは逆側(右投手であればファーストベース側)への傾きを完了する際の上半身の回転速度が速かったこと、③着地側の脚の膝(右投手であれば左膝)がより突っ張っていた(伸びていた、伸展していた)ことがわかっています。さらに胸を張った状態からボールリリースにかけての間で④肩の回転速度(専門用語では内転)が速かったことも分かっています。

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これらの動きによって肩肘にかかるひねりの力が大きくなり、より故障リスクの高い投げ方になりがちなことが明らかになりました。

ここで注意してもらいたいのは、①と②の上半身の傾きについては傾斜の角度そのものが大きかったのではなく、一定の傾斜角度に達するまでにかかる時間が短かったということです。つまりチェンジアップ以外の球種を投げる際には胴体部(腕と首から上を除く上半身)がより速く回転した、という理解が正しいです。

 

結論ここから考えられることとしては、中高生など体がまだまだ発達段階で骨や筋肉も十分に発達していない投手たちはチェンジアップをまず習得することで、他の球種を投げるよりも怪我のリスクを抑えられるということが挙げられます。もちろんストレートやスライダーを投げないなんてことは打者を抑えるためには不可能だと思うのですが、チェンジアップを投球の組み立てのひとつの軸にすることは有効な方法だと思います。

実は元巨人の桑田さんもチェンジアップを覚えることをジュニア選手たちに指導している動画をYouTubeで見たことがあります。桑田さんがこのようなメカニズムを知った上でそうした指導をされていたのかは分かりませんが、その指導法は故障予防の観点からも非常に有効だと言えることがこの論文からも分かります。おそらく違法アップロードの動画ですが、一応YouTubeで発見したので貼っておきます。笑

 

↓桑田さん投球指導の動画

www.youtube.com

 

もし周りにジュニア選手がいたり、指導をする立場にある人がいればぜひ今回の内容を参考にしてもらえればと思います。

それでは。

 

<参考論文>

Escamilla, R. F., Fleisig, G. S., Groeschner, D., & Akizuki, K. (2017). Biomechanical comparisons among fastball, slider, curveball, and changeup pitch types and between balls and strikes in professional baseball pitchers. The American Journal of Sports Medicine45(14), 3358-3367.